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気ままに写真散歩

自由気ままに撮ってゆこう。18時更新

鞍馬の思ひで⑦ ~近うて遠き九十九折~


近うて遠きもの
宮のべの祭。思はぬはらから、親族の中。鞍馬のつづらをりといふ道。

清少納言も書いているように、鞍馬寺までの道はヘアピンカーブの連続です。電車でいうスイッチバックです(?)

なので、参道の勾配は緩やかですが中々寺までたどり着きません。そこでケーブルカーによるショートカットができるわけですが今回は普通に登りました。


道中にあるモニュメント、愛と光と力の像「いのち」。山の中にこれがあるのはとても奇妙です。宇宙と交信しそう。

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説明を読むとあながち間違ってない気が……。

こういうところも含めて、鞍馬寺普通のお寺とはちょっと違った感じがします。

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kowai


ここを登ればいよいよ本殿もすぐ。降ったり止んだりの小雨の中を進んでいきます。


つづく

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以下は完全な蛇足です。読み飛ばしていただいて構いません。

※あくまでも私個人の見解です。

鞍馬寺豆ちしき -そもそもどんなお寺なの?-

鞍馬寺の御本尊は「尊天」であり、「大宇宙の根本エネルギーであり、宇宙生命であり、(中略)、森羅万象あらゆるものの根源的実在」です。
スケールが大きい上に概念的で分かりにくいですが、具体的に尊天とは

の三身一体であるとされています。

なぜこのようにややこしくなっているのか。その答えは歴史を見れば分かります。
 そもそも鞍馬寺は、毘沙門天をまつる天台宗のお寺でした。そこに千手観音がまつられることになりますが、二つをまつるのはおかしいということで「本質はどちらも同じである」という考え方に至ります。本地垂迹のような考え方ですね。
 このように、平安~大正ぐらいまでは二つの仏をまつるお寺だったと考えられます。そしてここに新しく加わるのが護法魔王尊、そして「近代神智学」です。
 近代神智学というのは比較的新しい思想で、いわゆる「スピリチュアル」というものです。この神智学において護法魔王尊(サナト・クマーラ)は、1850万年前に金星からやって来たとされています。*1
 こうして仏教に神智学が加わった鞍馬寺は、1947年に「鞍馬弘教」という新興宗教を立ち上げ天台宗から独立しました。

つまり、鞍馬寺は「スピリチュアルなお寺」であり、それが他のお寺と違った独特な雰囲気の要因となっているのではないでしょうか。


ここでは触れませんでしたが、鞍馬山全体では「天狗」という要素も加わって更にややこしくなっています
これだけ多くの伝説があるのも、やはり鞍馬山には人々を惹きつける「何か」があったからなのでしょう。


参考文献

新版 古寺巡礼京都〈14〉鞍馬寺

新版 古寺巡礼京都〈14〉鞍馬寺

サナト・クマーラ - Wikipedia

ちなみに「鞍馬」の語源として、馬に導かれて山にたどり着いた、クマーラが訛った、などとありますが私自身は「暗い山→鞍馬」説を推しときます。

*1:鞍馬寺においては、650万年前に鞍馬山に降り立ち、永遠に年を取らない16歳とされています。年を取らないのに16歳?

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